上へ戻る

ドコモspモード版 ワールドベースボール

コラム一覧

渡辺史敏 American Report

試合中にドローン事故、条例施行前でも罰金の可能性

 また新たな事故が起こった。現地21日、サンディエゴのペトコ・パークで行われたダイヤモンドバックス対パドレス戦の7回表に無人機ドローンがスタジアム上空に現れたかと思うとスタンド上段のファンをかすめながら飛行し、そのまま座席に衝突、大破してしまったのである。

 幸い怪我人はなかった。これに対し、MLBのスポークスパーソンは翌日「我々の警備部門は昨日の事故に気づき、地元自治体と連絡をとった。状況を注視している。ドローンは全てのボールパークで禁止されたアイテムだ」との声明を出している。

 さらにパドレスのエリック・グループナーCOOも「ペトコ・パークのゲストの安全はパドレスの最優先事項だ。日曜のドローン事故は我々のゲストの安全を確保するためすぐパドレスの警備とサンディエゴ警察に伝えられた。この事故はペトコ・パークのような巨大な公共施設での無許可のドローン使用がもたらす危険性を浮かび上がらせている。パドレスは声を大にしてサンディエゴ警察が大きな公共施設付近でのドローン使用についてのアメリカ連邦航空局(FAA)による規制をサンディエゴ警察に可能にするサンディゴ市が最近制定した条例を支持する。我々はこの条例が完全に施行されることを確実にするため自治体と共に働き続けることを楽しみにしている」という声明を出した。

 パドレスの声明にあるように実はサンディエゴ市はFAAによるスタジアムや公園などの近くでドローンを飛ばすことを禁じる条例を4月に可決したばかりだったのである。その矢先に事故が起こってしまったのだ。ただこの新しい条例の施行は6月からで今回の事故では適用されないということである。

 では実際、ドローンに何が起こったのだろうか。地元テレビ局FOX5によれば、サンディエゴ警察の警官がドローンがスタジアム内に入るのを見た後、スタジアムの駐車場でドローンの操縦者を発見したのだとか。20歳代の男性とだけ発表されているこの操縦者に警官はドローンをスタジアム外に出すよう支持したところ、コントロールを失っており、操縦できないと答えたという。そしてその数秒後ドローンの衝突となった。

 その時に操縦者について警官は「彼は恐怖を感じていた。誰も傷つける意図はなかった」と話している。

 FAAは事故を調査しており、操縦者に1437ドルの罰金を科す可能性があるということだ。

 日本でも度々話題となってきたドローンの事故。今回は規制直前、注目度の高いMLBの場ということもあって今後への良い警句になればいいのだが。

閉じる

四竈衛のメジャー徒然日記

メジャーで大流行 データ偏重野球は完璧なのか?

インディアンス・リンドア

 ごく一般的に、米国人は大ざっぱで、日本人はきちょうめん、というイメージがあるようですが、野球に限っては少しばかり違う側面があります。きちょうめんというより、米国人の「数字好き」は、メジャーではかなり顕著に表れています。

 古くは1970年代からセイバーメトリクスによる分析が盛んになり、さまざまな測定基準により、各選手の成績が数値化されるようになりました。さらに、2015年からは全30球団が「スタットキャスト」を取り入れ、グラウンド上での多種多様なプレーを、数値で計測するようになり、話題を集めました。「スタットキャスト」とは、レーダーとビデオでプレーを分析し、科学的に数値化するものです。

 たとえば、現時点で今季の最速投球は、ジョー・ケリー(レッドソックス)が4月28日のカブス戦でマークした102・2マイル(約165・5キロ)。また、打球速度は、アーロン・ジャッジ(ヤンキース)が、同日のオリーオルズ戦で本塁打を放った際の119・4マイル(約192・2キロ)というような感じです。このほか、野手がファインプレーの際に走った距離や到達時間、盗塁の際のリード幅やスピードなど、多岐に及んでいます。

 だからといって、野球の「質」まですべて数値やデータで判断できるわけもありません。野球の科学化が進み始めた頃、イチローは「コンピューターを操っている人が、コンピューターに操られている感じがする」と話していました。実際、ほとんどの選手は、そのような細かい数字は気にかけていないのが実情です。ボールのスピン数を気にして投げる投手もいなければ、飛距離を気にして本塁打を狙う選手もいません。ケリーが投げた165キロの速球にしてもリゾにファウルされましたし、その一方で、上原(カブス)のように140キロ前後でも空振りを取り続ける投手もいます。

 球団方針としてデータを重視するチームが増加し、特に守備での「シフト」は大流行どころか、すっかり定着していますが、これにしても「絶対」ではありません。5月20日の「アストロズ-インディアンス戦」では、初回、イ軍のリンドア、ブラッドリーが、ともにシフトの逆を突いて連打しました。その後、ア軍はピンチをしのぎましたが、さすがに次の打席以降は、シフトを敷かなくなりました。ア軍ヒンチ監督は「確かに数字などの情報も大事だが、私はフィールド上での感覚、感情、情熱も大事にしたい」と説明。「スタットキャスト」の細かい数値については、「いろいろなファンが、それぞれに楽しんでくれればいい」と話しています。

 データや数字で対策を練ることも大事なのでしょうが、プレーするのは、あくまで生身の人間です。大事なのは、数値に頼りすぎることのない「使い方」のような気がします。

【四竈衛】(ニッカンスポーツ・コム/MLBコラム「メジャー徒然日記」)

閉じる

水次祥子の「書かなかった取材ノート」

松井秀喜氏いじるジーター!イチローとは絶妙の関係

ヤンキース背番号「2」永久欠番式に臨んだデレク・ジーター氏(左)とハンナ夫人(2017年5月14日撮影)

 ヤンキース一筋に20年間プレーしたデレク・ジーター氏の背番号「2」永久欠番式が、5月14日に行われた。さすがジーターという盛大さと熱狂ぶりだった。式典では現役時代の名場面をスクリーンで流し振り返っていたが、多くのシーンはいまだに記憶に残るものばかりだ。

 日本の野球ファンにとってもジーター氏は身近な存在だ。さかのぼること1997年、故伊良部秀輝氏がヤンキースに入団したとき、ジーター氏はすでにメジャーで3年目を迎える23歳だった。それから今に至るまでヤンキースには何人もの日本人選手が所属し、彼らを通してジーター氏の人柄に触れることが多かった。

 ジーター氏はベテランとなりチームキャプテンとなってからは年相応に落ち着いた雰囲気を醸し出すようになっていったが、若手時代もベテランになっても一貫して変わらなかったのは、誰に対しても人懐っこく声をかけ、チームメートをいじって相手を和ませるのがうまかったということだ。紆余(うよ)曲折を経て鳴り物入りでヤンキースに入団した伊良部氏は、当時はまだメジャーで日本人選手が珍しかった時代でもありなじむのに苦労していたと思うが、ジーター氏はそんな同氏にも同じように接していた。

 03年から7年間チームメートだった松井秀喜氏は、ジーター氏からよく「トシヨリ」と日本語で言われ、いじられていたのは有名だ。2人とも6月生まれの同い年だが松井氏の方が2週間早く生まれているために「トシヨリ」ということになったのだ。松井氏が背番号「2」の永久欠番式に出席した際も、ジーター氏にどんな言葉をかけるかと問われ「トシヨリでしょう」と笑っていた。そんな松井氏のジーター像はやはり「誰にでも気遣いのできる、そういう選手なので(自分のときも)自然と受け入れてもらった、そういう感じだと思います。いつもそこにいる選手なんで、勇気づけられるというよりも、安心させてもらえるという、そういう存在なんじゃないかなと思います」だという。

 12年から3年間チームメートだった黒田博樹氏も、やはりジーター氏からいじられていた。黒田氏といえば黙々と自分のやるべきことに取り組む生真面目な選手という印象で、決していじられキャラではなかったが、それでもいじるところがジーター氏らしい。しかしそんなジーター氏も、イチローとは「いじられる側」に回ることもあり、その2人のバランスは絶妙だったと思う。

【水次祥子】(ニッカンスポーツ・コム/MLBコラム「書かなかった取材ノート」)

閉じる

外国人助っ人列伝

8年の時を経て日本に戻ってきた右腕

阪神、日本ハムに在籍したカーライル。(Getty Images)

 複数回にわたって日本の球団と契約した外国人選手は何人もいるが、それが8年越しの再来日というのはさすがに珍しい。そんな野球人生を歩んだのが右腕バディ・カーライルだ。

 ドラフト指名は1996年の2巡でレッズからと高い評価を受けてプロ入りしたカーライル。ただし2年後の4月には早くもパドレスへとトレードされてしまう。ちなみにこの時のトレード相手は、後に日本で剛腕クローザーとして大活躍したマーク・クルーンだった。

 99年にはメジャーデビューして初勝利を挙げたカーライルだが、7試合の先発で1勝3敗、防御率5・97と振るわず、翌年は4試合しか出番を与えられなかった。まだ23歳と若かったカーライルは活路を国外に求め、阪神への入団を選んだ。

 2001年の阪神といえば、まさに暗黒時代の真っただ中。そこで来日1年目に7勝10敗と負け越しながらも防御率3・87は健闘した部類と言ってもいいだろう。ただし翌年は未勝利に終わって日本を去ることになる。

 その後はほぼマイナー暮らし。2006年には韓国のLGで主にリリーフとしてプレーしたカーライルにとって、2007年から在籍したブレーブス時代がメジャーでのキャリアのハイライトだった。2007年は1イニングを3者連続3球三振という快挙を達成するなど、主に先発として8勝7敗と勝ち越し。翌2008年はリリーフで45試合に登板している。

 もっともブレーブス在籍3年目の2009年には成績を落とし、そのオフには日本ハムと契約。8年ぶりの来日が決まった。だがかつて阪神で健闘したピッチングは見られず、7試合に投げて未勝利と期待には応えられなかった。

 アメリカに戻ったカーライルは11年にメッツで8試合に登板したものの、その後はまたもマイナーを転々。さすがに30代半ばになってのメジャー復帰は厳しいかと思われたが、2014年にメッツでメジャー昇格を果たすと、27試合で防御率1・45とこれまでにない安定感を披露する。37歳で迎えた翌15年はわずか11試合で防御率5点台とさすがに成績を落としたが、開幕戦ではセーブをマーク。これは実にメジャーデビューから17年目にして初のセーブだった。

(C)ISM

閉じる

外国人記者の目 田中将大

田中の素晴らしいピッチングでこのオフが面白くなった

レッドソックス戦の好投で再び評価を高めたヤンキース田中。(Getty Images)

Tanaka's sharp pitching could lead to winter intrigue

 開幕した当初は安定感がなく、彼の今後のキャリアに影響が出るのでは、というほどだったが、田中将大は先日にボストンで3安打完封という素晴らしいピッチングを披露。再び評価を高めた。

 しかも彼はわずか97球で完封し、最後の14人の打者を完ぺきに打ち取ったが、その間に要した球数はわずか39球だった。1913年以降、ヤンキースの先発投手がフェンウェイパークで完封したのは、2002年にマイク・ムシーナが記録して以来43人目。普段、ヤンキース戦となるといつも以上に騒がしくなるボストンファンも声が出なかった。また、この試合では相手エースのクリス・セールと投げ合ったが、彼を上回る内容だったことも高評価の一因となった。

 試合後、コメントを求められたラリー・ロスチャイルド投手コーチも、この日のピッチングが過去最高だったかと聞かれて、「多くのいい時を見てきたが、1回から9回まで安定していたという意味では、そうかもしれない」と認めている。

 さて、もしもこのピッチングをこれからも続けられるとしたら、彼はこのオフ、大きな決断を下すのではないか。田中は2014年、7年総額1億5500万ドル(約173億3000万円)で契約したが、今オフ終了後に残る3年総額6700万ドル(約74億8000万円)の契約を破棄し、フリーエージェントになる権利を持つ。

 納得の行く投球ができなかった4月上旬、彼が契約を破棄したら、ヤンキースは再契約をしないなどと報じられたが、レッドソックス戦のようなピッチングを見せられるなら、彼がその道を選んでも不思議はない。むしろ、そうすることは当然の権利だ。

 ヤンキースにとってもこのまま田中がいいピッチングを続けてくれれば、悪いことではない。しかし、オフを考えればジレンマもある。契約破棄をされればおそらく引き止めには莫大なお金が必要だろう。

 田中の快投は、本人にも決断を迫り、ヤンキースも今後どうチームを作っていくのかその方向性を見定める中で、田中との交渉を真剣に意識する時が迫っている。

【アンソニー・マッキャロン】

閉じる

外国人記者の目 イチロー

イチローがホームランでシアトルのファンにお礼をした

シアトルのファンの声援に応えるイチロー。(Getty Images)

Ichiro salutes Seattle fans with a home run wallop

 イチローは先週、15打数1安打、打率6分7厘という成績とともに、慣れ親しんだシアトルに戻ってきた。数字だけを捉えれば、およそ3年ぶりにイチローの姿を見るファンは目を疑ったかもしれない。

 ただ、現地4月19日のシリーズ最終戦、しかもセーフコフィールドでの最後になるかもしれない打席でイチローは右中間スタンドにホームランを叩き込んだ。2001年から2012年の7月までマリナーズでプレーしたイチローに対して、ファンはシリーズの初戦から打席に立つたびにスタンディングオベーションで声援を送った。イチローはその声に最高の形で応えたことになる。

 試合後、「これが(このシリーズで)最後の打席でしたし、最後のチャンスでした」と話したイチロー。狙ったとは言わなかったが、「なんとかしてヒットを打ちたかった」と口にしている。しかし、それがホームランとは本人も予測していなかった。

「ボールがフェンスを越えた時、本当かとほっぺたをつねりました」

 イチローにとってメジャーリーグでの115本目の本塁打は、セーフコフィールドでの54本目となり、マリナーズを相手に打ったのは初めて。イチローも「忘れられないものになる」と少し感傷的だった。

 ところでそのホームランボールが戻ってきた。ファンが自ら申し出たそうだ。イチローもその思いが嬉しく、サイン入りのボールとバットをプレゼントした。

 さて、現実的に考えれば、やはりあのホームランの打席が、イチローにとって思い出深いセーフコフィールドでの最後だろう。

 このままマーリンズでプレーを続けたとしても、次にシアトルに来るのは2023年。交流戦のローテーションは変わることもあるので、もっと先になる可能性もゼロではない。

 ただ、「そんな意識はなかった」とイチロー。

「また戻ってくると思います。次の試合がいつになるかはわかりませんが、出来れば戻ってきたい」

 仮にマリナーズに復帰すればそれは叶うが、その可能性がないわけではない。というのも、マーリンズは遅かれ早かれオーナーが変わる。となると、1年契約のイチローのチームでの去就も不透明だ。そこでマリナーズが最後のチャンスを与えることもあり得よう。

 最後の一言は、そんな可能性をも示唆したのかもしれない。

【クラーク・スペンサー】

閉じる

外国人記者の目 ダルビッシュ有

ダルビッシュとレンジャーズ、双方の“価値”

レンジャーズはダルビッシュをトレードすべきか?(Getty Images)

The stakes are getting higher for Yu Darvish and the Rangers

 21日のタイガース戦でダルビッシュ有は5回で降板したが、ダルビッシュが先発した試合は6連勝となった。レンジャーズ自体が好調で、21日までの12試合は11勝1敗。まだシーズン前半とはいえ、これで一時は消えかけていたポストシーズン進出の可能性が出てきた。

 結果的に、レンジャーズは難しい判断を迫られることになる。

 というのも、5月8日の時点でレンジャーズは13勝20敗と大きく負け越し、テキサスの新聞、インターネット、ラジオなどは、ダルビッシュをトレード期限前に放出するシナリオを伝えていた。もうプレーオフ出場の可能性は低い。ならばダルビッシュを放出して、チームの再建を図るべきではないか、というのだ。むしろそれが既定路線と捉えられていた。

 ただ、プレーオフ出場が見えるなら、話は別。彼はシーズンの終盤、そしてプレーオフを勝ち進むには、欠かせないエースとなる。となると、手放せない。

 決断にはまだ猶予がある。ではこの段階で、レンジャーズはどの方向性を強く意識すべきか。

 トレードすべきか、ということなら「NO」だろう。

 むしろ、今の段階で積極的に再契約を狙うべきではないか。たとえ3年でもいい。ダルビッシュがいる限り、レンジャーズは毎年のようにプレーオフ、そしてワールドシリーズを意識した戦い方ができる。彼の存在感はそれほど大きい。そもそもエースを手放せば、マイナーに有望な投手がいないため、一気に先発陣の層が薄くなる。

 もちろん、契約総額は2億ドル程度となるだろう。出費はそれなりだが、ダルビッシュのような投手を今後、獲れるとも限らない。テキサスは打者有利な球場。フリーエージェントの投手を獲得することが、そもそも難しいからだ。

 知る限り、ダルビッシュにとってレンジャーズの居心地は良さそうだ。少なくとも、現段階では再契約という選択肢を排除していないだろう。

 逆に、再契約できるという手応えを持てなければ、プレーオフを争っていても、レンジャーズはダルビッシュをトレードせざるをえない。

 レンジャーズは今後2カ月で、その見極めを迫られることになる。

【トッド・ウィルス】

閉じる

外国人記者の目 前田健太

前田は層の厚いドジャースの先発ローテに戻る準備ができた

25日に復帰予定の前田。(Getty Images)

"Maeda ready to step back into Dodgers' crowded rotation"

 前田健太が日本球界からドジャースへ移籍したとき、ある程度は想定外のことが起きると予想をしていたはずだが、今回のことはさすがにイメージできなかったのではないか。

 おそらく、前田が故障者リストに入ったとき、日本のファンも驚いたはず。5月10日、前田は9回途中までパイレーツ打線をほぼ完璧に抑え、メジャーに来てから最高のピッチングを見せた。ところがその翌日、左太ももの張りのため故障者リスト入りした。左太ももの張り?前田はパイレーツ戦で、3回も一塁のベースカバーに走ったが、左の太ももを気にする素振りなど一度も見せなかったのに?

 ただ、昨年を考えれば信じがたいが、現在ドジャースは先発投手が余っている。よって、15日間から10日間に短縮された故障者リストを使って、ローテーションの調整をしているのだ。前田は25日に復帰予定だが、そこまでの7試合のうち、前田は7人目の先発投手となる見込み。おそらく今後も、ドジャースはそうして投手を入れ替えながら先発投手を起用していくのではないか。

 そのことに対して前田は、「僕は、現実を受けとめている」と話した。「どんな状況であれ、与えられた場面でベストを尽くすだけ。どんなことでもポジティブに捉えようと考えています」と続けた。よって今回に関しても、4月の疲れを取るのに有効な時間だと捉えているのかもしれない。

 ただ、せっかく状態が上がってきたところで休んだことは、吉と出るか、凶と出るのか。というのも前田は、開幕から散々だった。最初の4試合では19回を投げて、24安打、17失点、防御率8・05。このとき、前田をマイナーに落とすことさえ、デーブ・ロバーツ監督はほのめかしていた。しかし、その後の3回は、20回1/3を投げて、13安打、6失点、防御率2・21と調子を上げていた。故障者リスト入りは、その好調な状態を取り戻しつつあったタイミングでのことだった。

 そのいい流れが切れたことは不安要素だが、その3試合で掴んだものが本物なら、継続も可能かもしれない。

 その3試合で得た手応えを前田はこう説明する。

「カッターを多めに投げるようになりました。それが特に左打者に対して武器になった」 それまではフォーシームに頼っていたそうだが、カッターが使えるという実感を得たようだ。前田は、さらに続けた。

「早くアウトを取りたいという焦りも前はあった。打者により集中できるようになった」

 それは、なによりロバーツ監督が前田に求めてきたこと。25日に復帰するが、それを体が覚えているかどうか。まずは、そこが注目となる。

【ビル・プランケット】

閉じる

外国人記者の目 岩隈久志

マーリンズは田沢との契約でブルペンに厚みが増した

マーリンズと契約した田沢。(Getty Images)

Marlins sign Junichi Tazawa to strengthen bullpen

 マーリンズはアロルディス・チャプマンを狙ったが、ヤンキースにさらわれた。続いてケンリー・ジャンセンを獲りにいったが、ドジャースとのマネーゲームに敗れた。結果、マーリンズはブルペンの補強において計画の変更を余儀なくされ、田沢純一との契約に踏み切った。

 田沢は決してチャプマンでもジャンセンでもないが、方針変更後のチーム事情にはマッチしているのではないか。

 今年9月、エースだったホセ・フェルナンデスがボート事故で他界すると、マーリンズとしては先発の補強が急務となった。そしてこのオフ、もちろんその補強を優先したわけだが、今年のフリーエージェント市場は好投手が不足。かといって、マーリンズのマイナーには相手が欲しがるような有望選手がいないため、レッドソックスがホワイトソックスからクリス・セールを獲得したような芸当は出来なかった。

 辛うじてエディンソン・ボルケスと契約したものの、先発ローテーションの層は薄いまま。そこでどうするかと考えて、彼らは大胆な方向転換をした。

 先発投手は5回まで投げてくれればいい。6回以降はブルペンがなんとかする。クローザーではなく、複数のセットアッパーをかき集めるという方針に沿って契約したのが田沢であり、ブラッド・ジーグラーだった。

 これで、クローザーのA.J.ラモスに繋ぐ投手として、田沢、ジーグラーに加えデービッド・フェルプスとカイル・ベアラクラがいるため、リリーフに関しては質、量ともにリーグ屈指となった。6、7、8回をその4人で凌ぎ、ラモスに繋ぐわけである。

 この限りでは全員が右投手だが、田沢は今年、左打者に対する被打率が2割7厘であり、重要な局面で左打者が登場する場合、田沢が起用されるのではないか。

 いずれにしてもマーリンズは、ブルペンで勝ちゲームを拾っていこうと考えている。その考えの中で、田沢は確かに貴重な存在となるかもしれない。今年の後半は調子を落とした田沢だが、マーリンズは復調を疑わず、投手有利のマーリンズパークならば十分その可能性があると考えているようだ。

【クラーク・スペンサー】

閉じる

外国人記者の目 上原浩治

上原が栄光の地に戻ってきた

久しぶりにフェンウェイパークのマウンドに立った上原。(Getty Images)

Koji returns to scene of his glory

 先月28日、カブスはボストンを訪れていた。そしてそこにはレッドソックスファンに馴染みの顔があった。上原浩治である。するとレッドソックスは試合前、彼がプレーした4年間を振り返る映像を流し、その功績を讃えた。

 2013年にレッドソックスがワールドシリーズを制したとき、上原は立役者のひとりだった。タイガースとのア・リーグ優勝決定シリーズではMVPにも選ばれ、そのときのピッチングはいまなおファンの記憶に鮮明で、今回のセレモニーでも歓声が沸いた。

「ここにはたくさんのいい思い出がある」と話した上原は、地元紙の取材に対してこう続けた。

「ここで、ワールドシリーズに勝つという目標を達成することも出来ましたから」

 当時、上原はレッドソックスで引退するのでは、と見られていた。それほどレッドソックス、そしてボストンに馴染んでいた。しかし、昨年のオフ、レッドソックスは上原に再契約しない旨を伝えると、12月に大型トレードでセットアッパーを獲得したことで、上原との再契約の可能性が消えた。上原はその直後、カブスと年俸600万ドルの1年契約を交わし、ボストンを去ることにはそれなりに思いもあったはずだが、昨季の王者から誘いがあったことは、むしろ光栄なことだったのかもしれない。

 ところで、レッドソックスは上原に代わるセットアッパーとして、タイラー・ソーンバーグを獲得したわけだが、彼は右肩の故障で今季は1度も登板機会がない。一方で42歳の上原は、今季も活躍を続けている。ファンの思いは複雑だ。おそらく今後、上原が好投を続け、ソーンバーグが期待を裏切れば、ますますそうした声が大きくなるのではないか。

 聞けば、上原はあと1年、現役を続けたい意向だという。どうだろう。ひょっとしたらひょっとして、最後はボストンで…ということもあるのではないか。少なくともファンはそれを望んでいるはずだ。

【モーリーン・ミューレン】

閉じる

外国人記者の目 青木宣親

マリナーズでは評価されなかった青木をアストロズが獲得

アストロズへ移籍となった青木。(Getty Images)

Aoki picked up by Astros; wasn't likely coming back to Mariners anyway.

 青木宣親は今季、打席数が480に達すれば来季の契約が自動更新される予定だったが、13打席足りず467打席だった。これはおそらく、チームによる何らかの意図が働いたと考えていい。2度もマイナーに落とされたのはそのためだと考えれば、なにかと辻褄が合う。

 よって、彼がマリナーズに残留することはないと思われたが、ウェーバーにかけると、アストロズが獲得に名乗り出た。

 そのアストロズで彼がリードオフマンを任せられるかどうかはまだ分からないが、チームとしては、青木が外野のどのポジションでも守れるという器用さを買ったところがある。また、パワーヒッターが並ぶ打線の中で、コンタクトが上手く、率が計算できる彼の存在は価値があるということか。

 実際のところ、シーズン終盤の働きを考えたとき、そういう評価があってもおかしくない。

 前半を2割4分5厘で折り返した青木は、後半に入ってからア・リーグ第2位の3割3分9厘という打率を残した。また、9月は3割6分9厘と打ちまくり、これはア・リーグ3位の数字だった。

 この青木のリードオフマンとしての働きが、チームを支えたという一面は否めない。マリナーズは何度もプレーオフ争いから脱落しかけながらも、最後まで粘った。青木は打線の原動力だった。

 ただ、マリナーズとしてはなぜかそれを評価しなかった。8月の終わりに好調な青木をマイナーに落として“調整”したのだ。

 チームは結局、彼が4月に2割5厘と出遅れたこと、また、対左投手に相性がいいはずが、2割2分7厘に終わったことなどを問題視。それらは青木と契約したときに求めたものではないと見切りをつけた。また、スピードに衰えが見られると考えたか。今季はわずか7盗塁で、盗塁失敗は成功数を上回る9個だった。さらに彼の守備は、せいぜいアベレージ。シーズン終盤は、試合の後半に入ると守備固めで交代させられる場面も目についた。

 もちろん、青木にしてみれば納得がいかないだろう。序盤の不振を克服し、後半は挽回して見せたのだから。

 しかし、アストロズはそれを評価した。彼にとってはマリナーズよりも働きがいがあるはずだ。

【ボブ・シャーウィン】

閉じる

外国人記者の目 田沢純一

マーリンズの“忘れられた男”田沢

田沢は“モップアップ”から“セットアッパー”へ戻れるのか。(Getty Images)

Tazawa has become the forgotten man in Miami’s bullpen

 今季、我々は田沢純一とほとんど話したことがない。

 言葉の問題ではない。田沢にはイチローやチェン・ウェインのように通訳がいる。彼の考えを伝えることに特に問題はない。田沢がメディアを避けている、というわけでもない。彼は我々が話を聞きたいと近づけば、いつでも時間を作ってくれるだろう。

 要するに、問題はそこではない。田沢が“忘れられて”いるのは、彼がこのところ重要な場面でマウンドに上がっていないからである。となると、メディアは彼の言葉を必要としない。

 マーリンズはいま、田沢を勝敗が決まったような場面で起用しており、そういう役割をメジャーリーグでは“モップアップ(片付け役)”と呼ぶが、彼はその地位に甘んじている。ただもちろん、それがマーリンズが昨年のオフに田沢と2年総額1200万ドルの契約を結んだ理由ではない。

 マーリンズは田沢を勝ち試合の終盤、しかも僅差の場面で相手を抑えてくれることを期待していたのである。ところが田沢は開幕から調子が上がらず、重要な場面──当時は、試合を決めるような場面で登板していた──でことごとく打たれ、致命的な本塁打を許したりもした。そういう失敗が続き、ドン・マッティングリー監督の信頼を失ったのである。

 結局、なぜいまも田沢が投げているかといえば、誰かがその回に登板しなければいけないからだ。残念ながらそれ以上の理由はない。

 ただ、決してこの状況がずっと続くわけではないだろう。そしてもちろんマーリンズとしても田沢に調子を取り戻してもらいたい。

 実際、過去6試合では(8日時点)、6回1/3を投げて、2安打、1失点と結果を出し始めている。その6試合のうち4試合では、無安打、無四球だった。

 マーリンズのブルペン陣は層が厚いので、好投したからといってすぐにセットアッパーに戻れるかどうかわからない。だが、田沢としてはどんな状況であれ結果を出し続けるしかない。そして、マーリンズもそれを望んでいる。

【クラーク・スペンサー】

閉じる

外国人記者の目 特別阪

印象的な日本代表選手の中でも菅野は群を抜いていた

リーランド監督から投球を絶賛された菅野。(Getty Images)

"Sugano leads among impressive Japanese stars"

 先日幕を閉じたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)。日本は惜しくも準決勝で米国に敗れたわけだが、米国のファンは少なからずそのレベルの高さに驚いたのではないか。

「素晴らしい選手ばかりだった」と話したのは、米国代表の指揮を執ったジム・リーランド監督。

「我々とは少し違った野球をするが、それは良い意味で、ということだ。我々のように長打があるわけではないけれど、進塁打を打ったり、バントで走者を送ったり、また、きっちりカットマンにボールを返すなど、各選手が基本に忠実だった」

 そんな中には、今すぐにでも“メジャーで通用する”という選手がいた。特に菅野智之は、即戦力となりそう。リーランド監督も、「真っ直ぐを外角低めにきっちり制球できる。3ボールからでもスライダーでストライクが取れる。素晴らしい投手だった」と絶賛したが、6回を投げて、3安打、1失点(自責点はゼロ)。オールスタークラスのメジャーリーガーが攻略に苦しみ、6つの三振を奪われている。ゆっくりとしたフォームから、速い球と変化球を自在に投げ分ける姿は、まるでヤンキースの田中将大のようだった。その田中同様、制球も抜群で、仮に菅野がメジャーリーグに移籍するというのなら、争奪戦となるに違いない。

 2番手の千賀滉大もメジャー移籍を考えているなら、年俸は今の数倍にも跳ね上がるのではないか。聞けば今季の推定年俸は6500万円というから、最低でもその10倍になるだろう。彼はあの試合で負け投手になったが、不運なプレーによるもの。それもよりも7回にエリク・ホスマー、アンドルー・マカチェン、バスター・ポージーを3者連続三振に仕留めた場面のインパクトの方が強い。2人とも本当に素晴らしい投手だった。

 野手の中にも、何人か気になる選手がいた。守備の選手と聞いていたが、あの小柄な菊池涼介が反対方向へ本塁打を放ち、非凡なバッティングセンスを見せつけた。米国戦ではヒットがなかったが、東京のラウンドではいずれも3本ずつホームランを放った筒香嘉智、中田翔の存在も米国には脅威となっていた。

「簡単なアウトなんて、一つもなかった」と先発のタナー・ロアーク。「いい打線だった」。

 負けたとはいえ、侍ジャパンは大きな足跡を残していった。

【アンソニー・マッキャロン】

閉じる

室井昌也 韓話☆球題

ハンファ退任の金監督、繰り返された出会いと別れ

 予見されたことではあったが、その訪れは想像よりも早かった。

 ハンファの金星根(キム・ソングン、74)監督がシーズン途中、100試合を残してグラウンドを去った。金監督は歴代2位の監督通算1388勝を誇る名将。チームを率いるのはハンファが7球団目だが、そのすべてで球団との不和によりユニフォームを脱いでいる。

 金監督と球団の対立。それはいつも正論のぶつかり合いだ。金監督は常に下位脱出の使者として球団に招かれてきた。チーム強化のため全権を掌握し、強い執着心を持って取り組むことでこれまでに3度の韓国シリーズ制覇を果たしてきた。ハンファではこの10年で5度最下位に沈んでいるチームの立て直しを託され、2015年に3年契約を結んだ。

 これまで金監督は1、2軍全選手の管理、試合の前後、休日を問わない長時間の練習、コーチの人事権や年俸に至るまで独自の手法で決めてきた。「そこまでしなければチームは強くならない」というのが持論だ。

 一方、長期的視野でチーム運営を考える球団からすると、金監督の手腕は評価するも、過度な練習や時に酷使とも評される選手起用は、疲弊へとつながるという憂慮があった。過去、チームの好調時には球団は金監督の考えに妥協し、従ってきた。しかしハンファは金監督就任の2年間でポストシーズンを逃している。そこでハンファは昨秋、球団のゼネラルマネジャー的役割を果たす球団団長に、元LG監督の朴鍾勲(パク・チョンフン、57)氏を据え、金監督の権限縮小へと動いた。これは金監督の手法への否定の表れだった。その時点から両者の決裂へのカウントダウンは始まっていた。

 今回の退任の決定打となったのは、金監督が二軍選手の一軍への練習参加要請を、球団が繰り返し拒否したことにある。金監督の権限は今季から一軍の現場運営に限られていたが、金監督としては入れ替えの対象となる選手を直接見て判断したいという考えがあった。一方で球団は二軍の選手は二軍のシステムで活動しているので、金監督がそこに手を出すことに拒否感を持っていた。

 今週21日の試合後、金監督は球団の意向は承服出来ないと辞意を示した。球団は予測された流れを静かに進めようとしたが一部報道で「金監督更迭」と報じられ、その火消しのため、23日午後、「監督の辞意を受け入れるか協議中」という公式発表を行った。同日は監督不在のまま試合を行い、試合が9回を迎え、メディアの記事が試合結果であふれるタイミングを計って、球団は監督の辞任と代行監督の発表を行った。球団の体面を繕う姿勢が濃く表れた退任の報だった。

 金監督就任後、ハンファは人気球団となり観客数が大幅に増加。ファンを熱狂させた。しかしこれまでの6球団とは異なり、チームをポストシーズンに送り出すことは出来なかった。

 金監督と球団の繰り返された出会いと別れ。74歳の金監督にとってこれが監督としてのフィナーレとなるのだろうか。

閉じる

当サイトに掲載の記事・写真・カット等の転載を禁じます。すべての著作権は日刊スポーツ新聞社/朝日新聞社に帰属します。