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マー君コスプレ披露、忍者タートルズ姿「気分転換」

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新着ニュース

マエケン日本人投手の逆転打は初/MLBデータめも

<ドジャース7-3カージナルス>◇25日(日本時間26日)◇ドジャースタジアム

 ドジャース前田が2-3の4回2死二、三塁で、自ら逆転2点適時打を放ち勝利投手となった。日本人投手の逆転打は史上初。前田の逆転打は広島時代を含めても初めてになる。

 日本人投手の「V打点+勝利投手」は前田が昨年7月23日カージナルス戦で先制スクイズ(内野安打)を決めて以来、13度目(野茂5、石井2、大家2、前田2、吉井1、黒田1)。

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アストロズ青木「軸足に体重を乗せた状態で待てる」

<アストロズ7-6タイガース>◇25日(日本時間26日)◇ミニッツメイドパーク

 アストロズ青木が、日米通算2000安打まであと「8」と迫った。

 タイガース戦で3打数2安打と、4月25日以来、今季7回目のマルチ安打をマーク。「しっかりと軸足に体重を乗せた状態で、ボールを待てるようになった」。その結果、スムーズにタイミングが取れるようになった。たとえ凡打でも、好感触をつかんだ様子。「思っていることに、体が一致し始めてます。一時期よりも」。大記録へ向け、着々と上昇気流に乗ってきた。(ヒューストン=四竈衛)

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マー君コスプレ披露、忍者タートルズ姿「気分転換」

球団の慈善イベントに忍者タートルズのコスプレで参加するヤンキース田中(中央)(撮影・水次祥子)

 ヤンキース田中が急きょ球団の慈善イベントに参加した。登板試合が雨天中止に。球場で他の投手と一緒にヒーローのコスプレをし、田中は忍者タートルズ姿で登場。脳腫瘍闘病中の子どもたちと約1時間、野球盤ゲームに興じ「最近なかなかうまくいかず、キツイ時期もあったりしましたけど。いい気分転換にもなりましたし、いい時間を過ごせた」と話した。

 田中は1日スライドし、今日26日(日本時間27日)のアスレチックス戦に登板する。(ニューヨーク=水次祥子)

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マエケン逆転打に「昨日タイムリーを打つ夢を見た」

<ドジャース7-3カージナルス>◇25日(日本時間26日)◇ドジャースタジアム

 左太もも裏痛で故障者リスト(DL)入りしていたドジャース前田がカージナルス戦に先発で復帰。5回を7安打3失点、4三振3四死球で4勝目(2敗)を挙げた。

 10日以来のメジャー登板で「試合にうまく入れなかった。変化球の曲がりが良くなかった」という1回に3失点。だが2回以降は修正した。打っても2-3の4回2死二、三塁で三塁線へ逆転2点適時打。「昨日はタイムリーを打つ夢を見た」と喜んだ。

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レッドソックスが1試合最多20奪三振 誤審で達成

レッドソックス先発ポメランツ(AP)

<レッドソックス6-2レンジャーズ>◇25日(日本時間26日)◇フェンウェイパーク

 レッドソックスが20三振を奪い、延長戦を除いてのメジャー最多記録に並んだ。先発左腕ポメランツが6回まで11奪三振、4安打2失点に抑えるなど、8回までに4投手で計16三振。記録に並ぶためには9回だけで4三振が必要だったが、球審の誤審のおかげで守護神キンブレルが1イニング4三振を成し遂げた。

 9回、先頭の3番マザラは、カウント2ー2から変化球に空振りした。だが、そのボールは左足首に当たり三塁ベンチ側に転がった。それを見たマザラは一塁へ向かい、セーフの判定。ルール上では空振りしたボールが体に当たった場合はアウトになるが、球審はボールが地面に当たったと勘違いし、暴投で振り逃げとなった。レッドソックスはチャレンジしたが、リプレー検証を行うニューヨーク本部は、プレーが検証不可と回答した。

 結局判定は覆らなかったものの、キンブレルは次打者の4番ルクロイから圧巻の3者連続三振でゲームセット。自身2度目の1イニング4三振で、レッドソックスは20三振のメジャー記録に並んだ。MLBは試合後、マザラの打席について「事実の誤解だった。プレーは検証可能だった」との声明を出している。

 なお、正確な記録が残る1913年以降では1試合(9回)20奪三振が6度あり、その内の3回がレッドソックスによるもの。過去の2回は、通算354勝184敗、4672奪三振のロジャー・クレメンスが86、96年に記録している。

審判に抗議するレッドソックス・ファレル監督(AP)

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マー君コスプレ披露、忍者タートルズ姿「気分転換」

球団の慈善イベントに忍者タートルズのコスプレで参加するヤンキース田中(中央)(撮影・水次祥子)

 ヤンキース田中が急きょ球団の慈善イベントに参加した。登板試合が雨天中止に。球場で他の投手と一緒にヒーローのコスプレをし、田中は忍者タートルズ姿で登場。脳腫瘍闘病中の子どもたちと約1時間、野球盤ゲームに興じ「最近なかなかうまくいかず、キツイ時期もあったりしましたけど。いい気分転換にもなりましたし、いい時間を過ごせた」と話した。

 田中は1日スライドし、今日26日(日本時間27日)のアスレチックス戦に登板する。(ニューヨーク=水次祥子)

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マエケン日本人投手の逆転打は初/MLBデータめも

<ドジャース7-3カージナルス>◇25日(日本時間26日)◇ドジャースタジアム

 ドジャース前田が2-3の4回2死二、三塁で、自ら逆転2点適時打を放ち勝利投手となった。日本人投手の逆転打は史上初。前田の逆転打は広島時代を含めても初めてになる。

 日本人投手の「V打点+勝利投手」は前田が昨年7月23日カージナルス戦で先制スクイズ(内野安打)を決めて以来、13度目(野茂5、石井2、大家2、前田2、吉井1、黒田1)。

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レッドソックスが1試合最多20奪三振 誤審で達成

レッドソックス先発ポメランツ(AP)

<レッドソックス6-2レンジャーズ>◇25日(日本時間26日)◇フェンウェイパーク

 レッドソックスが20三振を奪い、延長戦を除いてのメジャー最多記録に並んだ。先発左腕ポメランツが6回まで11奪三振、4安打2失点に抑えるなど、8回までに4投手で計16三振。記録に並ぶためには9回だけで4三振が必要だったが、球審の誤審のおかげで守護神キンブレルが1イニング4三振を成し遂げた。

 9回、先頭の3番マザラは、カウント2ー2から変化球に空振りした。だが、そのボールは左足首に当たり三塁ベンチ側に転がった。それを見たマザラは一塁へ向かい、セーフの判定。ルール上では空振りしたボールが体に当たった場合はアウトになるが、球審はボールが地面に当たったと勘違いし、暴投で振り逃げとなった。レッドソックスはチャレンジしたが、リプレー検証を行うニューヨーク本部は、プレーが検証不可と回答した。

 結局判定は覆らなかったものの、キンブレルは次打者の4番ルクロイから圧巻の3者連続三振でゲームセット。自身2度目の1イニング4三振で、レッドソックスは20三振のメジャー記録に並んだ。MLBは試合後、マザラの打席について「事実の誤解だった。プレーは検証可能だった」との声明を出している。

 なお、正確な記録が残る1913年以降では1試合(9回)20奪三振が6度あり、その内の3回がレッドソックスによるもの。過去の2回は、通算354勝184敗、4672奪三振のロジャー・クレメンスが86、96年に記録している。

審判に抗議するレッドソックス・ファレル監督(AP)

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マエケン逆転打に「昨日タイムリーを打つ夢を見た」

<ドジャース7-3カージナルス>◇25日(日本時間26日)◇ドジャースタジアム

 左太もも裏痛で故障者リスト(DL)入りしていたドジャース前田がカージナルス戦に先発で復帰。5回を7安打3失点、4三振3四死球で4勝目(2敗)を挙げた。

 10日以来のメジャー登板で「試合にうまく入れなかった。変化球の曲がりが良くなかった」という1回に3失点。だが2回以降は修正した。打っても2-3の4回2死二、三塁で三塁線へ逆転2点適時打。「昨日はタイムリーを打つ夢を見た」と喜んだ。

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アストロズ青木「軸足に体重を乗せた状態で待てる」

<アストロズ7-6タイガース>◇25日(日本時間26日)◇ミニッツメイドパーク

 アストロズ青木が、日米通算2000安打まであと「8」と迫った。

 タイガース戦で3打数2安打と、4月25日以来、今季7回目のマルチ安打をマーク。「しっかりと軸足に体重を乗せた状態で、ボールを待てるようになった」。その結果、スムーズにタイミングが取れるようになった。たとえ凡打でも、好感触をつかんだ様子。「思っていることに、体が一致し始めてます。一時期よりも」。大記録へ向け、着々と上昇気流に乗ってきた。(ヒューストン=四竈衛)

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コラム

外国人記者の目 イチロー

イチローがホームランでシアトルのファンにお礼をした

シアトルのファンの声援に応えるイチロー。(Getty Images)

Ichiro salutes Seattle fans with a home run wallop

 イチローは先週、15打数1安打、打率6分7厘という成績とともに、慣れ親しんだシアトルに戻ってきた。数字だけを捉えれば、およそ3年ぶりにイチローの姿を見るファンは目を疑ったかもしれない。

 ただ、現地4月19日のシリーズ最終戦、しかもセーフコフィールドでの最後になるかもしれない打席でイチローは右中間スタンドにホームランを叩き込んだ。2001年から2012年の7月までマリナーズでプレーしたイチローに対して、ファンはシリーズの初戦から打席に立つたびにスタンディングオベーションで声援を送った。イチローはその声に最高の形で応えたことになる。

 試合後、「これが(このシリーズで)最後の打席でしたし、最後のチャンスでした」と話したイチロー。狙ったとは言わなかったが、「なんとかしてヒットを打ちたかった」と口にしている。しかし、それがホームランとは本人も予測していなかった。

「ボールがフェンスを越えた時、本当かとほっぺたをつねりました」

 イチローにとってメジャーリーグでの115本目の本塁打は、セーフコフィールドでの54本目となり、マリナーズを相手に打ったのは初めて。イチローも「忘れられないものになる」と少し感傷的だった。

 ところでそのホームランボールが戻ってきた。ファンが自ら申し出たそうだ。イチローもその思いが嬉しく、サイン入りのボールとバットをプレゼントした。

 さて、現実的に考えれば、やはりあのホームランの打席が、イチローにとって思い出深いセーフコフィールドでの最後だろう。

 このままマーリンズでプレーを続けたとしても、次にシアトルに来るのは2023年。交流戦のローテーションは変わることもあるので、もっと先になる可能性もゼロではない。

 ただ、「そんな意識はなかった」とイチロー。

「また戻ってくると思います。次の試合がいつになるかはわかりませんが、出来れば戻ってきたい」

 仮にマリナーズに復帰すればそれは叶うが、その可能性がないわけではない。というのも、マーリンズは遅かれ早かれオーナーが変わる。となると、1年契約のイチローのチームでの去就も不透明だ。そこでマリナーズが最後のチャンスを与えることもあり得よう。

 最後の一言は、そんな可能性をも示唆したのかもしれない。

【クラーク・スペンサー】

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外国人記者の目 田中将大

田中の素晴らしいピッチングでこのオフが面白くなった

レッドソックス戦の好投で再び評価を高めたヤンキース田中。(Getty Images)

Tanaka's sharp pitching could lead to winter intrigue

 開幕した当初は安定感がなく、彼の今後のキャリアに影響が出るのでは、というほどだったが、田中将大は先日にボストンで3安打完封という素晴らしいピッチングを披露。再び評価を高めた。

 しかも彼はわずか97球で完封し、最後の14人の打者を完ぺきに打ち取ったが、その間に要した球数はわずか39球だった。1913年以降、ヤンキースの先発投手がフェンウェイパークで完封したのは、2002年にマイク・ムシーナが記録して以来43人目。普段、ヤンキース戦となるといつも以上に騒がしくなるボストンファンも声が出なかった。また、この試合では相手エースのクリス・セールと投げ合ったが、彼を上回る内容だったことも高評価の一因となった。

 試合後、コメントを求められたラリー・ロスチャイルド投手コーチも、この日のピッチングが過去最高だったかと聞かれて、「多くのいい時を見てきたが、1回から9回まで安定していたという意味では、そうかもしれない」と認めている。

 さて、もしもこのピッチングをこれからも続けられるとしたら、彼はこのオフ、大きな決断を下すのではないか。田中は2014年、7年総額1億5500万ドル(約173億3000万円)で契約したが、今オフ終了後に残る3年総額6700万ドル(約74億8000万円)の契約を破棄し、フリーエージェントになる権利を持つ。

 納得の行く投球ができなかった4月上旬、彼が契約を破棄したら、ヤンキースは再契約をしないなどと報じられたが、レッドソックス戦のようなピッチングを見せられるなら、彼がその道を選んでも不思議はない。むしろ、そうすることは当然の権利だ。

 ヤンキースにとってもこのまま田中がいいピッチングを続けてくれれば、悪いことではない。しかし、オフを考えればジレンマもある。契約破棄をされればおそらく引き止めには莫大なお金が必要だろう。

 田中の快投は、本人にも決断を迫り、ヤンキースも今後どうチームを作っていくのかその方向性を見定める中で、田中との交渉を真剣に意識する時が迫っている。

【アンソニー・マッキャロン】

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外国人記者の目 特別阪

印象的な日本代表選手の中でも菅野は群を抜いていた

リーランド監督から投球を絶賛された菅野。(Getty Images)

"Sugano leads among impressive Japanese stars"

 先日幕を閉じたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)。日本は惜しくも準決勝で米国に敗れたわけだが、米国のファンは少なからずそのレベルの高さに驚いたのではないか。

「素晴らしい選手ばかりだった」と話したのは、米国代表の指揮を執ったジム・リーランド監督。

「我々とは少し違った野球をするが、それは良い意味で、ということだ。我々のように長打があるわけではないけれど、進塁打を打ったり、バントで走者を送ったり、また、きっちりカットマンにボールを返すなど、各選手が基本に忠実だった」

 そんな中には、今すぐにでも“メジャーで通用する”という選手がいた。特に菅野智之は、即戦力となりそう。リーランド監督も、「真っ直ぐを外角低めにきっちり制球できる。3ボールからでもスライダーでストライクが取れる。素晴らしい投手だった」と絶賛したが、6回を投げて、3安打、1失点(自責点はゼロ)。オールスタークラスのメジャーリーガーが攻略に苦しみ、6つの三振を奪われている。ゆっくりとしたフォームから、速い球と変化球を自在に投げ分ける姿は、まるでヤンキースの田中将大のようだった。その田中同様、制球も抜群で、仮に菅野がメジャーリーグに移籍するというのなら、争奪戦となるに違いない。

 2番手の千賀滉大もメジャー移籍を考えているなら、年俸は今の数倍にも跳ね上がるのではないか。聞けば今季の推定年俸は6500万円というから、最低でもその10倍になるだろう。彼はあの試合で負け投手になったが、不運なプレーによるもの。それもよりも7回にエリク・ホスマー、アンドルー・マカチェン、バスター・ポージーを3者連続三振に仕留めた場面のインパクトの方が強い。2人とも本当に素晴らしい投手だった。

 野手の中にも、何人か気になる選手がいた。守備の選手と聞いていたが、あの小柄な菊池涼介が反対方向へ本塁打を放ち、非凡なバッティングセンスを見せつけた。米国戦ではヒットがなかったが、東京のラウンドではいずれも3本ずつホームランを放った筒香嘉智、中田翔の存在も米国には脅威となっていた。

「簡単なアウトなんて、一つもなかった」と先発のタナー・ロアーク。「いい打線だった」。

 負けたとはいえ、侍ジャパンは大きな足跡を残していった。

【アンソニー・マッキャロン】

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渡辺史敏 American Report

試合中にドローン事故、条例施行前でも罰金の可能性

 また新たな事故が起こった。現地21日、サンディエゴのペトコ・パークで行われたダイヤモンドバックス対パドレス戦の7回表に無人機ドローンがスタジアム上空に現れたかと思うとスタンド上段のファンをかすめながら飛行し、そのまま座席に衝突、大破してしまったのである。

 幸い怪我人はなかった。これに対し、MLBのスポークスパーソンは翌日「我々の警備部門は昨日の事故に気づき、地元自治体と連絡をとった。状況を注視している。ドローンは全てのボールパークで禁止されたアイテムだ」との声明を出している。

 さらにパドレスのエリック・グループナーCOOも「ペトコ・パークのゲストの安全はパドレスの最優先事項だ。日曜のドローン事故は我々のゲストの安全を確保するためすぐパドレスの警備とサンディエゴ警察に伝えられた。この事故はペトコ・パークのような巨大な公共施設での無許可のドローン使用がもたらす危険性を浮かび上がらせている。パドレスは声を大にしてサンディエゴ警察が大きな公共施設付近でのドローン使用についてのアメリカ連邦航空局(FAA)による規制をサンディエゴ警察に可能にするサンディゴ市が最近制定した条例を支持する。我々はこの条例が完全に施行されることを確実にするため自治体と共に働き続けることを楽しみにしている」という声明を出した。

 パドレスの声明にあるように実はサンディエゴ市はFAAによるスタジアムや公園などの近くでドローンを飛ばすことを禁じる条例を4月に可決したばかりだったのである。その矢先に事故が起こってしまったのだ。ただこの新しい条例の施行は6月からで今回の事故では適用されないということである。

 では実際、ドローンに何が起こったのだろうか。地元テレビ局FOX5によれば、サンディエゴ警察の警官がドローンがスタジアム内に入るのを見た後、スタジアムの駐車場でドローンの操縦者を発見したのだとか。20歳代の男性とだけ発表されているこの操縦者に警官はドローンをスタジアム外に出すよう支持したところ、コントロールを失っており、操縦できないと答えたという。そしてその数秒後ドローンの衝突となった。

 その時に操縦者について警官は「彼は恐怖を感じていた。誰も傷つける意図はなかった」と話している。

 FAAは事故を調査しており、操縦者に1437ドルの罰金を科す可能性があるということだ。

 日本でも度々話題となってきたドローンの事故。今回は規制直前、注目度の高いMLBの場ということもあって今後への良い警句になればいいのだが。

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四竈衛のメジャー徒然日記

メジャーで大流行 データ偏重野球は完璧なのか?

インディアンス・リンドア

 ごく一般的に、米国人は大ざっぱで、日本人はきちょうめん、というイメージがあるようですが、野球に限っては少しばかり違う側面があります。きちょうめんというより、米国人の「数字好き」は、メジャーではかなり顕著に表れています。

 古くは1970年代からセイバーメトリクスによる分析が盛んになり、さまざまな測定基準により、各選手の成績が数値化されるようになりました。さらに、2015年からは全30球団が「スタットキャスト」を取り入れ、グラウンド上での多種多様なプレーを、数値で計測するようになり、話題を集めました。「スタットキャスト」とは、レーダーとビデオでプレーを分析し、科学的に数値化するものです。

 たとえば、現時点で今季の最速投球は、ジョー・ケリー(レッドソックス)が4月28日のカブス戦でマークした102・2マイル(約165・5キロ)。また、打球速度は、アーロン・ジャッジ(ヤンキース)が、同日のオリーオルズ戦で本塁打を放った際の119・4マイル(約192・2キロ)というような感じです。このほか、野手がファインプレーの際に走った距離や到達時間、盗塁の際のリード幅やスピードなど、多岐に及んでいます。

 だからといって、野球の「質」まですべて数値やデータで判断できるわけもありません。野球の科学化が進み始めた頃、イチローは「コンピューターを操っている人が、コンピューターに操られている感じがする」と話していました。実際、ほとんどの選手は、そのような細かい数字は気にかけていないのが実情です。ボールのスピン数を気にして投げる投手もいなければ、飛距離を気にして本塁打を狙う選手もいません。ケリーが投げた165キロの速球にしてもリゾにファウルされましたし、その一方で、上原(カブス)のように140キロ前後でも空振りを取り続ける投手もいます。

 球団方針としてデータを重視するチームが増加し、特に守備での「シフト」は大流行どころか、すっかり定着していますが、これにしても「絶対」ではありません。5月20日の「アストロズ-インディアンス戦」では、初回、イ軍のリンドア、ブラッドリーが、ともにシフトの逆を突いて連打しました。その後、ア軍はピンチをしのぎましたが、さすがに次の打席以降は、シフトを敷かなくなりました。ア軍ヒンチ監督は「確かに数字などの情報も大事だが、私はフィールド上での感覚、感情、情熱も大事にしたい」と説明。「スタットキャスト」の細かい数値については、「いろいろなファンが、それぞれに楽しんでくれればいい」と話しています。

 データや数字で対策を練ることも大事なのでしょうが、プレーするのは、あくまで生身の人間です。大事なのは、数値に頼りすぎることのない「使い方」のような気がします。

【四竈衛】(ニッカンスポーツ・コム/MLBコラム「メジャー徒然日記」)

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水次祥子の「書かなかった取材ノート」

松井秀喜氏いじるジーター!イチローとは絶妙の関係

ヤンキース背番号「2」永久欠番式に臨んだデレク・ジーター氏(左)とハンナ夫人(2017年5月14日撮影)

 ヤンキース一筋に20年間プレーしたデレク・ジーター氏の背番号「2」永久欠番式が、5月14日に行われた。さすがジーターという盛大さと熱狂ぶりだった。式典では現役時代の名場面をスクリーンで流し振り返っていたが、多くのシーンはいまだに記憶に残るものばかりだ。

 日本の野球ファンにとってもジーター氏は身近な存在だ。さかのぼること1997年、故伊良部秀輝氏がヤンキースに入団したとき、ジーター氏はすでにメジャーで3年目を迎える23歳だった。それから今に至るまでヤンキースには何人もの日本人選手が所属し、彼らを通してジーター氏の人柄に触れることが多かった。

 ジーター氏はベテランとなりチームキャプテンとなってからは年相応に落ち着いた雰囲気を醸し出すようになっていったが、若手時代もベテランになっても一貫して変わらなかったのは、誰に対しても人懐っこく声をかけ、チームメートをいじって相手を和ませるのがうまかったということだ。紆余(うよ)曲折を経て鳴り物入りでヤンキースに入団した伊良部氏は、当時はまだメジャーで日本人選手が珍しかった時代でもありなじむのに苦労していたと思うが、ジーター氏はそんな同氏にも同じように接していた。

 03年から7年間チームメートだった松井秀喜氏は、ジーター氏からよく「トシヨリ」と日本語で言われ、いじられていたのは有名だ。2人とも6月生まれの同い年だが松井氏の方が2週間早く生まれているために「トシヨリ」ということになったのだ。松井氏が背番号「2」の永久欠番式に出席した際も、ジーター氏にどんな言葉をかけるかと問われ「トシヨリでしょう」と笑っていた。そんな松井氏のジーター像はやはり「誰にでも気遣いのできる、そういう選手なので(自分のときも)自然と受け入れてもらった、そういう感じだと思います。いつもそこにいる選手なんで、勇気づけられるというよりも、安心させてもらえるという、そういう存在なんじゃないかなと思います」だという。

 12年から3年間チームメートだった黒田博樹氏も、やはりジーター氏からいじられていた。黒田氏といえば黙々と自分のやるべきことに取り組む生真面目な選手という印象で、決していじられキャラではなかったが、それでもいじるところがジーター氏らしい。しかしそんなジーター氏も、イチローとは「いじられる側」に回ることもあり、その2人のバランスは絶妙だったと思う。

【水次祥子】(ニッカンスポーツ・コム/MLBコラム「書かなかった取材ノート」)

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外国人助っ人列伝

8年の時を経て日本に戻ってきた右腕

阪神、日本ハムに在籍したカーライル。(Getty Images)

 複数回にわたって日本の球団と契約した外国人選手は何人もいるが、それが8年越しの再来日というのはさすがに珍しい。そんな野球人生を歩んだのが右腕バディ・カーライルだ。

 ドラフト指名は1996年の2巡でレッズからと高い評価を受けてプロ入りしたカーライル。ただし2年後の4月には早くもパドレスへとトレードされてしまう。ちなみにこの時のトレード相手は、後に日本で剛腕クローザーとして大活躍したマーク・クルーンだった。

 99年にはメジャーデビューして初勝利を挙げたカーライルだが、7試合の先発で1勝3敗、防御率5・97と振るわず、翌年は4試合しか出番を与えられなかった。まだ23歳と若かったカーライルは活路を国外に求め、阪神への入団を選んだ。

 2001年の阪神といえば、まさに暗黒時代の真っただ中。そこで来日1年目に7勝10敗と負け越しながらも防御率3・87は健闘した部類と言ってもいいだろう。ただし翌年は未勝利に終わって日本を去ることになる。

 その後はほぼマイナー暮らし。2006年には韓国のLGで主にリリーフとしてプレーしたカーライルにとって、2007年から在籍したブレーブス時代がメジャーでのキャリアのハイライトだった。2007年は1イニングを3者連続3球三振という快挙を達成するなど、主に先発として8勝7敗と勝ち越し。翌2008年はリリーフで45試合に登板している。

 もっともブレーブス在籍3年目の2009年には成績を落とし、そのオフには日本ハムと契約。8年ぶりの来日が決まった。だがかつて阪神で健闘したピッチングは見られず、7試合に投げて未勝利と期待には応えられなかった。

 アメリカに戻ったカーライルは11年にメッツで8試合に登板したものの、その後はまたもマイナーを転々。さすがに30代半ばになってのメジャー復帰は厳しいかと思われたが、2014年にメッツでメジャー昇格を果たすと、27試合で防御率1・45とこれまでにない安定感を披露する。37歳で迎えた翌15年はわずか11試合で防御率5点台とさすがに成績を落としたが、開幕戦ではセーブをマーク。これは実にメジャーデビューから17年目にして初のセーブだった。

(C)ISM

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室井昌也 韓話☆球題

ハンファ退任の金監督、繰り返された出会いと別れ

 予見されたことではあったが、その訪れは想像よりも早かった。

 ハンファの金星根(キム・ソングン、74)監督がシーズン途中、100試合を残してグラウンドを去った。金監督は歴代2位の監督通算1388勝を誇る名将。チームを率いるのはハンファが7球団目だが、そのすべてで球団との不和によりユニフォームを脱いでいる。

 金監督と球団の対立。それはいつも正論のぶつかり合いだ。金監督は常に下位脱出の使者として球団に招かれてきた。チーム強化のため全権を掌握し、強い執着心を持って取り組むことでこれまでに3度の韓国シリーズ制覇を果たしてきた。ハンファではこの10年で5度最下位に沈んでいるチームの立て直しを託され、2015年に3年契約を結んだ。

 これまで金監督は1、2軍全選手の管理、試合の前後、休日を問わない長時間の練習、コーチの人事権や年俸に至るまで独自の手法で決めてきた。「そこまでしなければチームは強くならない」というのが持論だ。

 一方、長期的視野でチーム運営を考える球団からすると、金監督の手腕は評価するも、過度な練習や時に酷使とも評される選手起用は、疲弊へとつながるという憂慮があった。過去、チームの好調時には球団は金監督の考えに妥協し、従ってきた。しかしハンファは金監督就任の2年間でポストシーズンを逃している。そこでハンファは昨秋、球団のゼネラルマネジャー的役割を果たす球団団長に、元LG監督の朴鍾勲(パク・チョンフン、57)氏を据え、金監督の権限縮小へと動いた。これは金監督の手法への否定の表れだった。その時点から両者の決裂へのカウントダウンは始まっていた。

 今回の退任の決定打となったのは、金監督が二軍選手の一軍への練習参加要請を、球団が繰り返し拒否したことにある。金監督の権限は今季から一軍の現場運営に限られていたが、金監督としては入れ替えの対象となる選手を直接見て判断したいという考えがあった。一方で球団は二軍の選手は二軍のシステムで活動しているので、金監督がそこに手を出すことに拒否感を持っていた。

 今週21日の試合後、金監督は球団の意向は承服出来ないと辞意を示した。球団は予測された流れを静かに進めようとしたが一部報道で「金監督更迭」と報じられ、その火消しのため、23日午後、「監督の辞意を受け入れるか協議中」という公式発表を行った。同日は監督不在のまま試合を行い、試合が9回を迎え、メディアの記事が試合結果であふれるタイミングを計って、球団は監督の辞任と代行監督の発表を行った。球団の体面を繕う姿勢が濃く表れた退任の報だった。

 金監督就任後、ハンファは人気球団となり観客数が大幅に増加。ファンを熱狂させた。しかしこれまでの6球団とは異なり、チームをポストシーズンに送り出すことは出来なかった。

 金監督と球団の繰り返された出会いと別れ。74歳の金監督にとってこれが監督としてのフィナーレとなるのだろうか。

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